2015年11月24日火曜日

長男、ベース、幸城



SaToMansion、
Bassの佐藤幸城(長男)です!

幸城初ブログです。

最初だし音楽を始めたあたりからの昔話から。



僕が中学入ったくらいのお話。



母親がどこからかアコースティックギターをもらってきた。



当時、兄弟の間ではヒーローものなどの人形を操ってオリジナルなストーリーで遊ぶのが流行っていた。パペット的な遊び。



「お前らはまだウルトラマンだかなんだかのおままごとか?おれはギターっていうかっこいいやつでイーマイナーを弾いてるんだぜガキどもが」




そんな事を想いながら人形劇に無我夢中なコドモ3人を横目にギターを爪弾く。



幸城は新しい遊びを覚えました。



しかし、この瞬間。

僕の、
そしてこの兄弟の音楽ライフな人生がはじまります。






やがて、
そんな渋くてかっこいいおにーちゃんに憧れてみんな続々と真似をしだします。







とはいえ
当時はまさかみんな音楽をやるなんて思ってもいなくて

英樹は美容師、
伸之は料理人、
和夫はチンピラ、

になるもんだと思っていました。




時は流れ
幸城、音楽を志し上京。



その4年後英樹、
「やっぱドラムやるわ」
と、呑気に上京。

その次の年、
ギター担いで
無言で和夫上京。



そしてその4年後、
まさかとは思いましたが
ギター担いで伸之上京。

この時が1番両親ごめんと思いました、、、、、




それでたまーに4人でスタジオ入ったりしててその当時から心の中で絶対兄弟4人でバンドやったら面白いと思ってました。

ただ当時はバンドで成功するっていうイメージの中に兄弟でやるってのはなかった。



そしてまた時は流れ、、


幸城バンド脱退
英樹バンド活動休止
和夫バンド活動休止
伸之バンド危機


やっぱり相当なものをバンドに注いできたので
それがなくなると
ポッカリと穴が空いた感覚になる。


それはみんな同じだと思う。
一緒に住んでるし前より時間はあるし自然と4人集まって飲む事が多くなる。

おれはお酒だめだけどあのときはみんなすごい飲んでた。


特に和夫は毎回吐くまで飲んでた。





それを繰り返してるうちに
「SaToMansion」結成に至ります。







ちなみにその住んでる所が○藤マンション。

佐藤ではないけど!
よくみんなで○トマン。って呼んでます。
それがサトマンになり「SaToMansion」
になったのかどうかはわかりません。




で、いまの話。




実はスタジオ入って曲作ったりしはじめてけっこう経ちますが
不思議なもので兄弟ではなく
メンバーという意識が強くなって来ました。


でもぶっとんだアイディア出し合って盛り上がったり
つまんなくなったら全く別の事はじめたり、、、

人形劇をやってたコドモ4人となんも変わってない気もします。



これからこのバンドにどんな未来が待ってるのか今から楽しみです。


最近いろんな良くないニュースがあるけどこのメンバーこのバンドで
せめて一回はライブやるまで絶対死にたくないなーとふと思う事があります。


なので1月4日、
渋谷cyclone。


ピースフルなライブハウスに足を運んでもらって
良いライブをしてピースフルなスタートをきりたい!






「SaToMansion」

よろしくお願いします。









最後に


あまり過去を振り返るのは好きではないけどこれまでの音楽人生

たくさん支えてくれた人がいた事
かけがえのない仲間がいた事
素晴らしい日々があった事

をしっかりここに記しておきたい。

感謝しかないです。







そういえばあのアコースティックギターはどこ行った?






2015年11月17日火曜日

四男、ギター、佐藤伸之

初めまして、先日11/11に結成を発表した四兄弟バンド「SatoMansion」のギターを務めさせて頂きます、佐藤家の最終兵器こと四男の佐藤伸之です。



知らない人も多いと思うので自己紹介的なものを少し。



三人産んでみたものの全員男で女の子が欲しかった母親が最後の希望を込めて産んだ結果残念ながら男だった、そんなまるでハズレくじのように僕は生まれてきました。
誰がハズレや!

僕だけ少し歳が離れていて、一番上とは10歳離れているので
僕が8歳くらいの時にはもう長男は実家にいなかったです。
もう誰?って感じです。


岩手の実家では上三人の影響で物心ついた時から音楽が溢れていました。
しかし幼い頃の僕は全く音楽に興味がありません。むしろうるさい。
ポケモンやデジモンに夢中です。
小学校時代は野球やバスケのスポーツ少年団に入って汗をかく毎日。


中学に入り、ひょんなきっかけで一つ上の兄、和夫に
モンパチの小さな恋の歌の弾き方を教えてもらいました。


こいつは面白いなーと思ったけど、その後和夫はすぐ上京したし、周りにギターやってる友達なんていなかったしすぐに弾かなくなっていきました。



そして中学三年の部活を引退して暇してた頃。

中学の用務員の夏林さんと休みの日にばったり会い家に遊びに行くことに。
その家にはギターが置いてあり一緒にスピッツのチェリーを弾きました。

その日を境にそこが仲間たちの溜まり場になりました。

そして女の子にモテたい年頃の俺たちは「ライブやろう!」となりました。


スピッツや19のコピーをしてライブに向けて練習する毎日。
いやー楽しかったな、原点だね!


そして中3の冬に人生初ライブを迎えます。

すごい緊張したけどなんだか得体のしれない満足感のようなものを
感じたのを覚えています。


その感覚を忘れられず音楽にのめり込んでいきました。




ある日、母が「のぶ〜、かずくんとひでくんが盛岡にくるってよ〜」
兄貴たちのバンドが盛岡にライブしに来るというので
よし、おれだってギターやってるし、行ってみようじゃない!
と、お母さんお父さんと三人で盛岡にむかいました。

人生初ライブハウスです。中学校の鼻垂れ小僧には衝撃的でした。




なんじゃこりゃ・・・

後ずさりしてしまうような爆音、ギラギラとひかる照明

ドラムをぶっ叩き、マイクに向かって叫び、ギターを投げ捨てるお兄ちゃん・・・


・・・



なんてこったい・・・



・・・ギター投げるならおれにくれよ・・





ロックミュージックに出会った瞬間でした。


そこからいろんなロックの音楽を聴きあさりました。



和夫お兄ちゃんにロックといえばなに聞けばいいの?
とメールをしたらブルーハーツとかでいんじゃない?って返ってきたような気がします。



そして高校からはロックだ!ということでロックバンドを組みました。






書いてるうちに楽しくなってきてもっと詳しく書きたいんだけどすごく長くなりそうだからまたあとで別で書こうかな。









じゃここから『SaToMansion』について。



結成のきっかけ。



人に兄弟4人いてみんなバンドやってますっていうと、



親不孝だね〜

兄弟でバンドやったらいいじゃん!




大体こう返ってきます。





たぶん4人が4人このくだりを飽きるほどやってきたと思います。



なぜ4人で今までやらなかったか。


答えは簡単。それぞれがそれぞれのバンドで全力で売れるために活動していたから。





なぜ今結成したのか。



何を隠そう、言い出しっぺはおれです。


言い出そうと思った理由はいくつかあります。


まず一つは、おれ自身ボーカルを務めるDirtyMotelで活動していく上で
どうやったら多くの人に聞いてもらえるのか、毎日考えていました。

どれだけいい音楽をやろうと何か特別な方法で自己プロデュースしていかないと厳しい世界です。自分の音楽を日々磨くのはもちろんだけど、それとは別の動きでなにか取っ掛かりがない限り多くの人の目に触れる事は難しいという壁にぶつかります。
思いついた事をやってみるけど結果が出ない日々。いかに音楽で売れるという事が難しいか思い知らされます。



そしてある日気づきます。兄弟4人でやれば話題性があるんじゃないだろうか。(今更)

でもそれでは仮に売れたとして本当に音楽で売れたと言えるんだろうか。
卑怯な方法なんじゃないか。





おれが出した答えはこうです。

確かにそういう意見もいずれ出てくるかもしれない。
でも親がせっかく4人健康に産んで育ててくれて、音楽の道に反対もせずにやらしてくれている。これを使わないのはもったいなすぎる。よし親孝行しよう!という事です。
批判上等!お母さんお父さんLOVE!




もう一つの理由として、長男幸城のバンド脱退。

次男英樹、三男和夫のバンド活動休止。


ずっと背中を追いかけてきた兄貴たちの不穏な空気。


よし、おれの時代が来た!おれだけ売れちゃおうー♪と思ったけど


おれは兄貴たちに影響受けて背中追いかけて音楽始めたわけで、やっぱりミュージシャンとしての彼らが好きなわけです。
大きなお世話だと思うけど音楽諦めてサラリーマンになった兄貴の姿なんて絶対に見たくない。でも後はおれに任せろなんていうだけの力も無い。まだやってもらわなきゃ困るのです。




ある日、和夫兄のソロライブを見に行った。


上手なミュージシャンを集めてすごく質の高い音楽をやっていた。
すげえなと思ったけど、でもちょっとだけなんか違う。
もっとかっこいい和夫をおれは知ってる。

和夫の後ろでアップライトを弾く幸城。
まあかっこいいけど、もっとかっこいい幸城を見た事がある。


オデキの別のバンドのライブを見にいく。
先輩に囲まれて叩くオデキ。かっこいい。



兄弟4人でロックバンドやれば・・・きっとかっこいいバンドになる。
そういうビジョンが見えました。



四兄弟という話題性を最大限に駆使して、それぞれの活動で培ったものを持ち寄って
みんなで力を合わせれば、きっと今と違った景色が見える。
そう確信しました。



言いだすには少し勇気がいるけど、ここはおれが起爆剤になるしかない。


そう思ったのです。





そしてある夜、おれは兄弟のLINEグループにこう一言だけ送った。






「4人でバンドやろう!本気のやつ!」







ここからSaToMansionが始まりました。






このバンドに関して言えばメンバーチェンジなんて無いし、新メンバー加入もないし(隠し子がいなければ)一生続けていきたいですね。





最後になりましたが、活動を続けていくにはみなさんが必要です。
聞いてくれる人がいなければ音楽は成り立ちません。
必ずいい音楽を作ります。元気が出るような嫌な事忘れさせてくれるような
そんなバンドに必ずなります。約束します。




SaToMansionをどうかよろしくお願いします。



Gt.佐藤伸之